ヒヲウ第一話感想

シーボルトの息子・アレキサンデルの「もうすぐ富士山が見えますね」からはじまります。とはいえ、最初父子の会話はドイツ語。すぐ巻き戻して日本語吹き替えとなる、なんと親切な配慮演出。万国共通語ってないようなもんですかね、この時代。最初から日本語演出されては、異国人という緊張感もなんもないといえばこのストーリーに重みがなくなるのですが。
ジュヌヴィエーブのスカートの下部分を見て(シシのからくり人形が捲った犯人です。好奇心あってもいい子は真似してはいけません、決して)、「見ろ!尻尾なんて生えてないじゃないか」「踵あったろ?お前西洋の女には踵ないっていったじゃないか」のやりとりが、異国人に対する知識はないどころか今の時代では「んなわけあるかーい」のツッコミになるところ、恐らく当時としてはありえる思考回路だったのではないかと思うと、才谷さんでなくても日本は異国に追いつかなくてはいけない空気感。そして、ここにてハイヒールからシーボルトの懐中時計ゲット。なんか得しちゃった!…というちゃっかりしたノリがヒヲウらしい。


OPがとにかく熱い!炎の内部で生き生きと動き回るヒヲウ。それぞれの登場人物たちの個性や運命を裏付けるバストアップ演出、「ヒヲウーーー!!!」の連呼、キャラクター達がそれぞれ自分らしく走り回り、時に故郷や家族を想い涙…の熱いOP。和風ロボットアニメでツッコミどころも満載とわかってはいても、人としての温かみと、生きていると感じる躍動感に感動することこの上ない。OP終わり、本編のはじまりはじまり~。

場所は三河・蓬莱村へ。ここがヒヲウ達・機の民の故郷。何気ないやりとりやケンカが、旅の頃にはほぼ見ることのできない日常風景を彷彿とさせるので、この先の過酷な運命が皮肉。それはさておいて、秋の収穫祭でからくり芝居。サイ兄ちゃんの語り口が日頃の冷静さとは対照的ですごく好きです。
題材は南総里見八犬伝。これ、リアタイ時は当方はフィクションの中の創作だとばかり思ってました…自害する伏姫(おそらく八犬士の玉が方々に飛び散っていくシーンですね)の末路に疑問を抱くヒヲウは、幕引きどころか、伏姫が舞姿でにぎやかに舞う演出に変えてしまい、サイ兄ちゃんから「これでは話の筋がめちゃくちゃになってしまう」。対しヒヲウ「悪い事したわけでもないのに、死ぬなんてへんてこりんだ!」。理屈や教科書ではなく、本能的な勘でわかっているところが子供とはいえ、聡い…勿論芝居はめちゃくちゃな終わり方だけども、人として間違ってはいない。テツの「自分で刺し刺し?どしどし?」との疑問符も、それを裏付けているに違いない。ヒヲウとテツは子供だから鵜呑みにするではなく、勘の鋭さ・子供とはいえ疑問符を抱くのが聡い。

そして博徒から逃げるアラシと遭遇。三木さんの少年ボイスが若くも男っぽさ満載。聞かん気がない生意気さ、好き。刀持っているから人を殺すかもしれないと、からくり人形を使って博徒を懲らしめるヒヲウ。アラシ、お礼…というかどこいった?
機の民の言い伝えである「からくりは人を傷つけてはいけない」「からくりは力にあらず、からくりは祭りのために用いるべし」に背いたとして、サイ兄ちゃんや村長・長老(マチの父と祖父。お父さんは今回限り…)から叱られるヒヲウ。村長・長老の前ではせめて真面目に聞きなさい。
そして、父ちゃん・マスラヲの存在とお母さん・マサゴが夏に病で亡くなったことも(視聴者視点で)ここで判明。ヒヲウは父親似と言われるけど、どんな父ちゃん?今でいう単身赴任?いや、家庭ほったらかし…?謎だらけというか疑問符が尽きない父ちゃんだが、一応、答えはここでは伏せておくとしよう。
ヒヲウは人を傷つけるために使ったわけではないのだから、本人としては腑に落ちないし、明確に答えは出てるわけではない。答えはいつも涙が体現してくれる。
「嫌なんだよ、人が死ぬのは…母ちゃんが、夏に病で死んだときだって…」一見すると情けなくも見えるけど、ヒヲウの根幹である純粋さをもっとも表している。このわかりづらいところがとてつもなく好き。

シシとケンカと思いきや、腑に落ちない鬱憤か、あるいは「祭りのため」の意味を知るためか、町も一緒に、炎が奉納されているお社へ。ここでついてきたテツは「誰にも何も言うなよ」と置いてきぼりにされて泣いてしまう。素直なお兄ちゃん子可愛い。こういうところは五歳(一話当時)なんですよね。
この時点では炎はご神体だけど、日本一のからくり師と謳われた(らしい)父ちゃんですら動かしたことがないとのこと。マユ姉ちゃんにそう諭されつつ、涙ながらに「やだ!俺は動かしたいんだ!これは絶対に動く、父ちゃんはそういった!俺は父ちゃんを信じる、俺は…」言葉ならない答えは涙に出てくる。この純粋さが響くんです。桑島ボイスが少年の元気さだけではない、ただならぬ純粋さ・父を信じる健気さが伝わるの、本当好き。
「だめだなんて言ってないわ、やってみなさい。でも朝までに動かせなかったら、二度とここには来ないのよ」。優しい、矢島さんボイスの柔らかさとたおやかさが愛しい。推測だがお母さんが亡くなって最も悲しんでいたのはヒヲウなのだろうか。父ちゃんを信じるヒヲウの気持ちを尊重してるのか。それとも炎を動かすことが出来たとしたら「答え」が見えると悟ったからか…きっと全部だろうな。ただわがままをきいてやってるわけでないところ。マユ姉ちゃんの母性が光る図式は、この先のストーリーからも見えてくるのが泣かされますね。

そしてその頃の蓬莱村。スチーム式のからくり忍者集団・風陣が村に火をつけ、からくりを、人を、襲撃。夜の背景に真っ赤な炎が映えているからこその、機の民が築き上げたものが滅んでいく悲しさが伝わる。酷いだろこれ。
サイ兄ちゃんは長老の「子供たちを連れて逃げよ。逃げてマスラヲを頼れ」を皆に伝え、「でも!!!」と慌てるシシやマチを諭す。シシの反応は特に最もらしいんだわ…こんな非常事態になってるのに母ちゃんに会えないん=助けることがままならないんだからなぁ…。マユ姉ちゃんが炎を動かすまでの間、空中からくり(起動時間がすぐに落ちるらしい…)で敵の目を引き付けておく手段に。飛び去る姿に彼女の芯の強さと行動的なまっすぐさを感じずにいられない。姉ちゃんを助けるために、残る仕掛けを片っ端から探りつつ、シーボルトの懐中時計が最後の鍵になってたことが判明。これ、ツッコミも勿論つきないけど(異国の時計とか…)、知識ではなく、ヒヲウの勘と才能を表現してる。もちろんそこに込められたメッセージもあるのだろうけど、ここは割愛。
カチ、カチ、カチカチカチ…ガタガタガタガタ…炎が動く、動いていくシチュエーションが静かで、徐々に熱く、魂が宿っているかのような。ヒヲウの「走れ、炎!!!」の言葉を待っていたかのように炎が動き出した(この時はまだご神体モード)
姉ちゃんは死も覚悟してたのか…間一髪で駆けつけたヒヲウに向かって、思いっきりダイブ&キャッチする姉と弟の図、大好きです!!!

そして風陣の若頭・アラシも、博徒から自分を助けたヒヲウを探していた。アカに村のことはこの際きっと任せてたんだろうな…この先、こういう勝手な振る舞いにアカの鬱憤が溜まっていくことだろうなぁ…。炎と出くわす時、「お前は!?」が熱い。この時点では敵であるふたりの図式。
「俺はヒヲウ!このからくりは、俺の炎だー!!!」の熱さが互いのこれからの関係性を期待…というかどうなっていくのかという焦燥感を引き出してる気がしなくもない。こういう桑島VS三木ボイスのキャラの関係性も好きだったりします私(すみません)。
ヒヲウVSアラシ…迫力に満ちた墨絵を思わせる三枚のセルという時代劇らしい演出で幕は閉じる。ここの演出は毎回おなじみなのですが、ストーリーの展開によってほのぼのだったり、ビターだったり、不穏しか感じられなかったり…と見どころなんですよね。


歴史上の人物のツボ@一話

ほぼwikiから抜粋したものですが、妄想と偏見を兼ねて。歴史は好きですが、曖昧且つにわかなので、tomoがメモしたいことが主です。

*フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト
1796~1866年。ドイツの医師。1823年8月初来日。大学時代は医学の他、動物・植物・地理を学ぶなど学術豊富。シーボルト家は中部ドイツの貴族階級らしい。出島で開業後、鳴滝塾を開設し西洋医学を教育。塾生には高野長英など。
…蘭方医を名乗る某東国の鬼の傍流も案外ここの塾生から習ったんk(混ぜるな危険)。
彼の来歴(まぁ調べれば日本を視察していたのはわかるのだが)や某事件から察するに、極めて癖が強いというか、なんというか…少なくともあの世情不安の中では彼も不穏な空気がしなくもない(ド偏見)。

*アレクサンダー・ゲオルク・グスタフ・フォン・シーボルト
1846~1911年。シーボルトの息子。幕末期には、父シーボルトがイギリス公使・オールコックを通じて在日英国公使館の通訳者。明治期は新政府のお雇い外国人だったり大蔵省翻訳官だったりと外交・通訳関係で知られるかと思われる。ヒヲウキャラではサイと大体同年齢ぐらい。フィクション作品で有名なのは恐らく「青天を衝け」。
生麦事件・下関戦争・兵庫開港要求事件・1867年及び1878年パリ万博では通訳。
主な兄弟として異母姉に楠本イネ(医師)、弟にハインリヒ・フォン・シーボルト(オーストリア=ハンガリー大使館の通訳・外交)。