贖う指先…

今全くゲーム出来てないので記憶あやふやになってしまうところもあるかと思うのですが、風華伝山南さんルート再履修する時って、闇を生きてきたものが光を求めるように運命から抗う道って好きだなと実感するのが常です。タイトルは書いてる最中I’m here聴いてたからだけですきっと、多分。

あのほんのりまだ闇の道真っ只中から模索してるようでもあるビターテイストもあるラストから、運命に翻弄されてた者が未来への希望に馳せる月影FDの美にも耽りつつ、あのルートは何となく「あらゆる者達へ贖う道に目覚めた者の光ルート」でもあるのかなと。いや、羅刹隊背負ってて元々は責任能力はあるとは思うんですが、天雲の一部(まだ全ルートは履修出来てないですが、春パートは納得しつつも間違いなく、ダーク…)とか見るとどう考えても正統派でないどころか、隊規あるとか隊のためとはいえ、起こした事は明らかに倫理的に反してる罪。
他ルートと共通して羅刹は存在してはならないという結論は変わらないけど、その上で「束ねてきた者達のために模索する」道を選んだというのはある意味山南さんなりの贖罪なのかもと。もちろん、千鶴ちゃんへの好意があるからこそだとも承知してます。己の信念を全うといえど、他ルートでは最初から殉職のみ考えてる、一部ルート(斎藤・平助ルート)ではある意味やけっぱちっぽい暴走に陥ってるので…。
手を下す役割は自分で選んだ道とはいえど、孤独には強くはないのは伺えるし、心境的には結構しんどいものはあるかもなぁ。「こんなにも汚れた私に…」のくだりなんて、言い訳もなくしっかりしてる。意図的ではないけど、ここまで導いてるのが千鶴ちゃんなのが、本当にすごい。言動や行動力こそは非力ながらも芯の強い少女なのだけど、やっぱり意図的でもなくても…すごい。

あと、以前フォロワさんの言葉で思ったのが、己を保つのがまだ不安定で未知である羅刹隊を背負うのもかなり荷が重かったのも。千鶴ちゃんをあえて突き放すところで「化け物なんかじゃない」となるところ、ここで今日思ったのが「山南さんを理解していく過程」が細かく描かれていたことを忘れかけてたなぁと…着眼点を持ってからまた盆パート履修したい。
千鶴ちゃんが山南さんに好意を抱いた過程って、初回プレイ時で何となく「人でない者に転じる道を選ばずにいられなかった者への同情」から、月影や天雲でのふれあいを経て「羅刹隊を放っておけない者の責任能力・時に助けてくれる優しさ・弄ばれてるともいえる運命に抗う姿」なのかなと思ってるんですが、あの告白シーンでの両手で頬を包みながら「体温が伝わりますように…」のふれあいが…どうしても自分の主観的に聖母感が拭えきれないんです!
あのシーン、本当にプレイヤーの自分さえも清められていく気持ちになって大好きなんですよね!

…自分が千鶴ちゃんモンペなのは重々自覚してます。

ぶっちゃけ発想が飛躍し過ぎてる感あるけど、闇の道を歩んできた事実は消えずとも、運命に抗う光へ向かうストーリー…これは、癖だ!!!大好きなのだぁぁぁ!!!!!